2015年10月18日

麻雀と株式投資の共通点

今日は少し趣向を変えて、麻雀と株式投資の共通点について考えてみたい。


それにあたって、まず、一つの質問を投げかけたい。

このブログでもちょくちょく触れている「トイツ場」についてだ。

あなたは、「トイツ場」という言葉を聞いたとき、率直にどのような印象を持つだろうか?


実際にはそんな場は存在しない、非科学的、オカルト的、抽象的。
概念が希薄、胡散臭い感じ、昭和麻雀的、流れ論の延長線、死語。


科学的麻雀観が大勢を占める現代においては、
間違いなく負のイメージを連想する人が多いだろう。

特にネット麻雀を主戦場とし、
高度な戦術書をかじった人ほど積極的に口に出したくない言葉となっていることだろう。


それはなぜか?

定義や概念が曖昧で、主観的要素が強く、科学的根拠に欠けていると、みなされているからだ。

科学的根拠が曖昧なまま戦術として生かそうとしても、
因果関係が不明瞭でその成果はどうしても恣意的なものとなりやすい。



しかし、一方で数理的な麻雀の研究は日進月歩の速さで進んでおり、
未だに新しいセオリーが次から次へと出てくる。
これはまぎれもない事実である。
勝つための最適戦術は研究の深化とともに少しずつ変化している。


ここで思い出してほしいことは、
麻雀の数理的な研究というのはまだ始まったばかりであるということだ。
すべての解明を100としたら、多く見積もっても半分には達していないだろう。

将棋のプロ棋士の中には、100のうち自分は4〜5程度しかわかっていないと言った人がいる。
見えている将棋ですらそうなのだから、不確定要素の多い麻雀はひょっとしたらそれ以下の可能性もある。



つまり、何が言いたいのかというと、
統計的判断に胡坐をかいて、理性のアンテナを閉ざしてしまうことは、
今後解明されうる勝つための兆候を自ら見逃してしまう可能性がある
ということだ。

そして、人間の先入観というものは、
アイデアや独創性を無批判に奪い、
時として人を誤った方向に導く可能性がある
ということだ。

慣習に縛られず、検証の余地のあるものは、
きちんと自分の頭の中でもう一度考えてみる必要があるのである。


おそらく、麻雀プロや上級者の中には、
口には出さずともトイツ場の存在、そしてその有用性を意識している人もいるはずだ。

俺個人の感覚としては、ロジカルにそれが証明される日がいつか来ると思っている。

具体的な研究は他に譲るが、例えばメンチン二人麻雀における四暗刻のシャンポン受けは、両面受けのあがり率より若干有利との印象がある。
統計的なデータを有しているわけではないが、こういうところに糸口があると思っている。



さて、株式投資の方に話を移す。

俺自身、株式投資は積極的に実践しているが、
投資法を大雑把に言うと、リスクにはめっぽう強いが利益も取れない典型的ラス回避投資法である。

おそらく、雀風と投資スタイルというのは一致する傾向にあるだろう。


先週、こんなことがあった。

深夜に為替と先物を見ていると、
ドル円が円高に触れそうなタイミングで、実際に垂れているにもかかわらず、
先物ががんとして下値を割らなかった。

何か意思が働いているようなそういう動きだな、と思いピンときた。

翌日寄付で、金融株と証券株をいつもより大きめのロットで買った。
予想通りに株価は上昇し、底堅い展開を見せた。

おそらく、郵政上場までは暴落のシナリオはないだろう。
チキンな俺が寄付から株を買うことなどほとんどない。
あの日の為替と先物の動きから、トレンド転換の兆候を感じとったゆえの決め打ちだ。



ここまで読んで、麻雀と株式投資の共通点に気づいただろうか?

勝つために必要なもの、それは「予測する力」だ。


麻雀は相手の手牌を、山にいる牌を、自分のあがり目がどれぐらいあるかを予測する。

株式投資は近い将来の株価がどうなっているかを予測する。


そしてこの目的を果たすための共通する手段が、「兆候」を察知することなのである。


捨て牌の被りが多くシュンツが縦に重なるという兆候から、自分の手をトイツ手に持っていくことと、
為替と先物の不自然な連動からトレンド転換の兆候を感じ、買いを入れること、
この2つは本質的には同じである。


兆候の察知が恣意的なものであってはならないため、
セオリーとして確立しているものを根拠にしていくのが両者の基本だ。


しかし、麻雀も株式投資もゼロサムゲームであり、
誰かが得をするということ=誰かが損をするということである。

つまり、統計的科学的に根拠のあることは皆が実践しているわけで、
その部分では大きな差がつかない
のである。


株式投資では、しばしば「人の行く裏に道あり花の山」と例えられるが、
結果として人と差をつけるポイントは、
実は誰も気づかないようなほんのささいな兆候に気づけるかどうか
なのである。


科学的根拠の薄いトイツ場の兆候を例に挙げたのは、
臆面もなく大真面目に麻雀で勝つために有効であると俺が考えているからであり、
相場で勝つための方法と相通じる部分がそこにあるからである。


株式投資をやっている人が、麻雀に向いているかどうかを推し量る基準として、
投資における結果がどうであれ、
将来の株価を根拠を持って予測するその過程が好きだという人は、おそらく麻雀に向いている。

これは、相手の手を予測する、自分の手を予測する、山を予測する麻雀の過程と非常に似ているからだ。


ゼロサムゲームで心理面も絡む両者だけに、
麻雀の成績と投資の成績は正の相関があるのは間違いないだろう。



最後になったが、
麻雀でライバルに勝つために、
今一度理性のアンテナを張ってみる、
ともすれば感性のスイッチを入れてみると、
今まで見えなかった予測の出口が見えてくるかもしれない




ラベル:思想
posted by はぐりん@ at 15:23 | Comment(4) | 天鳳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
対子場がないというなら、ないという証拠が欲しいです。
というかはぐりん氏とは違う観点からも統計って結構、胡散臭く感じます。

よくネット麻雀から採ってるようだが、(違ってたらごめんなさい)それが違うフィールドの麻雀に当てはまるのかと感じてしまう。要するにユーザー層や微妙なルールの違いがあるのかも知れないにも関わらず、一緒くたにして良いのかと。

そこを検証せずにデータが出てるんだから正しいみたいに思い込みは、はぐりん氏が述べられたように、理性のアンテナを閉ざしてしまいそうな結果になりそうな気がしますね。

投資もその点でも似てる部分もあるかな。確率=勝率ではない部分もありますしね。
Posted by spacemj at 2015年10月20日 02:12
>>spacemjさん
確かに、トイツ場がないという証明はされていませんよね。
存在が証明できない=存在しないとは言い切れないわけですね。
定義含めてかなり難しい証明になりそうですが、考えれば考えるほど深いテーマを持っている気がします。


統計に疑問を呈するって新鮮な視点ですね。
ついつい鵜呑みにしてしまいがちですけど、天鳳のデータはどうしても守備寄りになりがちですし、確かにフリーとの最適戦術とは違ってくる気がします。

麻雀や投資に強い人というのは、
セオリーに忠実というより、
何か独特の視点を持っているイメージがあります。
Posted by はぐりん@ at 2015年10月20日 20:36
個人的には、配牌で3暗刻もしくは2暗刻1対子または4対子で強対子場。
配牌2暗刻もしくは1暗刻2対子または3対子で弱対子場くらいに判断しています。
判断したからと言っても打ち方が変わるわけじゃないけど。

自分の打ち方は自分で集めた生のデータの統計を活かしてますしね。
(確率で考えないとは言ってない)
Posted by ジャム at 2015年10月22日 23:06
>>ジャムさん
配牌でトイツ場を感じることあるよね。
これはトイツ手しかあがれない、みたいな。
形にもよるけど、俺の場合はかなり早期にトイツ手に決めることも多いなあ。
Posted by はぐりん@ at 2015年10月23日 22:02
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