2016年09月25日

ブログネタとオカルトの価値観

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このメモはブログ用に作成したネタの一部である。

リーチに対して無スジが危険であるように、
麻雀の最適解というのは、似たような場面で似たような打牌選択となることが大半だ


まったく同一の場況であることなど、確率的にはほぼありえないわけだが、
かなり類似した場況となることも少なからずある。

麻雀打ちというのは過去に積み上げてきた経験から、
必死にその答えを探す作業を無意識的にしているものだ。



これは将棋でいうところの「定跡」であるが、
麻雀における定跡は未だ整備されているものが少ない。

私は自らの経験を通じて、
道端に転がっている砂利をどかし、
快適な歩を進められるように、「麻雀の道」を整備していく所存である。


私の麻雀スキルは、現在のところ、
2の16乗=65536通りある。


スルースキルだけでも、2の10乗=1024通りとなっている。

これをすべて伝えきるとなると一生涯の作業となってしまうが、
少しずつ伝えていくので皆さまの一助となれば幸いである。



今号の近代麻雀2016・10・15号の藤田晋さんのコラム、
「仕事が麻雀で麻雀が仕事」にはっとさせられることが書いてあった。

その部分を以下に抜粋したい。

神頼みのようで、自分の社長がオカルトなものに頼っているとすれば少々不安な気がしますが、
不思議とそういった人の会社は好調であることが多いです。
そして好調な社長の話はみんな信じやすく、真似したくなります。

でも、実業の世界と同様、強い打ち手のオカルトはその人だけのものであり、
真似できるものではないし、同じ価値観を人に押し付けてはいけないものだと思います。

超高学歴の頭がいい人が会社に入って苦戦する多くのケースは、
そういった力を評価できず、問題に対して正しい答えを出すことしか知らないからです。
ビジネスの世界では、デジタル思考だけでは必ず行き詰まります。


実業で結果を出している藤田さんのコラムだけに非常に説得力があり、
いつも感心させられる。


私の理論の中には、時折流れ論のようなオカルトめいたことが書いてあることもある。
トイツ場のシャンポン受けなど、人によってはオカルトだと思うだろう。

このブログを続けていて特に思うのは、
麻雀において感覚的な部分を言葉にすることの難しさ、
そして感覚的な部分ほど他人に伝わりにくい
、ということだ。


これは同じく麻雀について書いたことのある人なら誰でも思ったことがあるだろう。


コメントを見ていて、比較的同じ感性の人でさえ、
あまり言いたいことが伝わってないのかな、ということが少なからずあった。

アナログな部分はまだしも、オカルトな部分は書きすぎると、
逆に読み手を混乱させる恐れがあるんだな、ということを私は学習した



ただ、私はそれを踏まえた上で、
オカルトについてもどんどん書いていきたいと思っている。

なぜかというと、
デジタルとオカルトの狭間に、強くなる要素が無数に含まれている、
麻雀というのはそういうゲームだと私は思っているからだ



藤田さんのコラムにおいて、人間相手にしのぎを削る実業での成功の秘訣から、
やはり人間相手に戦う麻雀で強くなるためのヒントを読み解くことができる。



そして、私は麻雀は「文学」であるとも思っている。


麻雀を表現するとき、
無味乾燥な合理主義的打牌論、そんなものは今後AIがいくらでもやってくれる。

それよりも、麻雀を打っていてほとばしる感情のパトス(パトスって何だ?)、
人間だからこそ、それを色々な言葉で表現し、共感することができる。


デジタルとオカルトの狭間には、
人間の思考が生みだす、無限の可能性が眠っている。

ワクワクしないだろうか?
何を考えようと、言葉にしようとあなたの自由なのである。

因果関係なんてこじつけにすぎない、その通り。
結果論で玉虫色に理論が変化するのは麻雀の特徴だが、
それでは果たして将棋にそんなことができるだろうか?


因果関係を楽しむのは麻雀というゲームに与えられた特権なのだ。

そう思えば、オカルトを語ることには大きな意味がある。


さあ、打とう。そして表現しよう。



ラベル:天鳳 思想
posted by はぐりん@ at 16:58 | Comment(14) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
オカルトを解明し、それを実践的に使おうとするブログは他に類を見ない気がするね。
俺も何とか形にしたいとは思ってるけど感覚の共有は、理解している人じゃないと、しづらいのもあるし。

俺は好きよ。
今までのも面白かったけども。
ただ、コメントする人は減るかもね。
Posted by ジャム at 2016年09月26日 00:43
よく私のブログサイトでも、よく経験則や直感を根拠にするなとか、証拠を見せろとかありますが。

経験則以外で何で判断できんのって感じです。
そういう人間が、よく代わりにデータを根拠にどうのこうの言ってきますが、

1、そもそも実戦を積むデータをかき集めて精査するなんて、大変。
ネットだけの戦績や、ソフトなどで適当にシミュレートしただけ。しかも、対戦数も多くはない。
2、ルール、面子のレベル、雀風が違う。
3、偶然性、その人の気分、環境、状況、自動卓やネット特有のアルゴリズムなど。
4、データだけで打牌などまず不可能、当人も経験則を否定しときながら経験則や直感で判断している。

ま、それでもある程度の傾向は出ることは出るでしょう。
でも、データなんてそれが限界に思えませんか?
ロスとプロフィットを最大限に実現することはまず、不可能ということ。
その限界を超えるには仰る通り、自由な発想や経験則は絶対に必要と思いますね。

また、自分の感覚的なことを文字だけで伝えるなんて不可能だし、
自分の出来ることは、自分ならこうするかとか、戦績を載せることくらいでしょう。

それでも文句はあります、インチキだとか、戦績なんて意味ねえとか。

それも筋は通ってるように思えますが、それよりも証明する手段はあると思います。
各々が私と同じような打ち方を経験してもらって勝ってもらうことです。
そもそも、上のような他力本願的な人間にそんなことできるとは、
到底思えませんし、骨の折れる作業になるでしょうけど。
それしか証明する手段はないでしょう。
もしくはそれでも不満なら、実際にそれを超える実績を残すことでしょう。
ま、後者だったら正直、私も鱗が落ちるし、かなり期待しますが、
上のような人間に限って・・・・期待外れのゴミみたいなもんですからね・・・・
もうやめますかw

最後に、麻雀のAIなんてかなり遅れてないですか?
まだまだ未開の分野でしょうし、今後さらにテクノロジー化が進むことは否めませんが、
麻雀はあまり変わらない気がしますね。はぐりん氏は今後、麻雀はどうなると思いますか?
Posted by spacemj at 2016年09月26日 01:55
>>ジャムさん
どうもありがとう。
オカルトをガンガン書くっていうのはニュアンスが若干違うかもしれないけど、
解明するのはアナログ的なもので、それが行き過ぎるとオカルトになってしまうかなあという感じ。
ほんとのオカルトになると見る人を選んでしまうしね。
今後ともよろしくw
Posted by はぐりん@ at 2016年09月26日 15:42
>>spacemjさん
鬱憤溜まってるようですが、同じブロガーとして気持ちは痛いほどわかります。
選択に優劣のある麻雀の性質上、考え方が違う人の批判に晒されやすいんですよね。
稚拙な批判は本来気にする必要はないんですけど、それでもがっかりするし、記事に対する自信がなくなります。

打てる人であれば、打牌の一方的な批判は無意味であると理解しているでしょうから、雀力の劣る人か、個人的な感情がかかわっている可能性があります。

ただ、私は批判にも寛容でありたいんですよね。
なぜかというと、批判する人というのは少なからず興味があるということですから。無関心な層より圧倒的に支持を得られる可能性があると思うんですよ。
政治論みたいになってきましたけど、好きと嫌いは紙一重だし批判と賛同も紙一重だと思うんですよね。

「科学する麻雀」の影響からか、データ・統計至上主義みたいな人も中にはいますけど、確かに現在は統計の技術も進歩していて、かなり判断基準として参考になるデータが挙がっていると思います。
例えば鳳凰卓の統計は数にして十分のサンプルになっていますし、実力もある程度確証された中でのデータと言えるでしょう。

ただ、私ははっきりいってその数値についてはそれほど興味がないですね。こういう場面でこうした方がいいという目安とはなっても、その場その場で状況がある以上、何が最善かはそれによって変わってきますから。

目安とはなっても、正解とはなりえないのが統計データで、その場の状況を正確に読み取るために必要なのが、アナログ判断や経験則と呼ばれるものという気がしています。

麻雀のAIは確かに遅れていますけど、それは社会的な麻雀の位置付けがそうさせているのだと思います。
将棋のような完全情報ゲームより、麻雀のような不完全情報ゲームの方が人間を超えることは圧倒的に難しいと私は考えています。
今は各企業でAI技術者の引き抜き合戦にまで発展していますが、麻雀のAIが人間を超えるレベルまで達した場合、それは相当な技術がそのAIに集約されていると考えるべきで、それは人間の心理的なものまで考慮されたAIとなるでしょうね。
Posted by はぐりん@ at 2016年09月26日 16:37
いや、文章だけだと怒ってるように見えますけど、マジで面白半分なのでw
そもそも、彼等とやりやっても負けたことなんて一度もないですし、
誰か俺を負かしてくれないかなとすら思ってますよw
そういう自分より強い人間は好きだけども、なかなか現れてくれない。

>自信をなくす
ああ、そういうもんなんですね。
ただ、いかに低レベルな批判であっても、
棚上げは出来る限りしない方が良いように思えます。
それは反論しないと負けっていう側面もありますが、
白黒ハッキリさせないことで、
自分の麻雀に支障が出る可能性があるからです。
一つ一つ問題を明確に潰すことで、
自分の麻雀が確立するようにも思いますが、どうです?

>圧倒的に支持を得られる
確かにそれ言えてますねw
彼等も期待してんだからとか、時折、本音を漏らすんですよねw
むしろ、感謝しないといけませんwww
Posted by spacemj at 2016年09月27日 03:09
デジタル唯一主義は否定しないし平板な局面の殆どはデジタリックに判断を下していますが、ジャンプウ差も含めて結局は麻雀はオカルティックな存在だとも思います(*´ω`*)

科学する麻雀から界全体がシフトした感は有りますが、
逆にデジタルという唯一神を狂信するオカルトが形を成したなぁとも思います(´・ω・`)場の傾きを考慮にいれず一種データのごり押しなど。
真にデジタルでもない自称デジタルというオカルト打ち(´・ω・`)イヤいや(´・ω・`)

と思ったけど※欄で十分いわれとる(ノ∀`)
とにかく「麻雀は文学」大賛成です(*´ω`*)
Posted by nanasi at 2016年09月27日 14:52
>>spacemjさん
勝っているなら論破しなくてもいいんじゃないですか?
実力が上なら同じ土俵に立つのは損な気がします。
私は、「うんうん」なんていって話を聞いてあげる方です。

ネットだと、むしろ反論したら負け、だと私は思っています。
誹謗中傷に対して、反応してしまうと相手の思うツボなので、なるべく相手にしないのが得策かなと思います。
賛同は得られないのに、批判ばかりが目につくのがやっかいなんですよね。

心ない者と議論しても平行線ですし、それをしないことで自分の麻雀がブレるということにはならないと思います。
イライラしてブレてしまうということはあるかもしれませんがw
Posted by はぐりん@ at 2016年09月27日 15:54
>>nanasiさん
面白いコメントありがとうございます。

麻雀自体がオカルティックな存在ですか?それは考えたことなかったです(笑)

>デジタルという唯一神を狂信するオカルトが形を成した

なるほどなるほど、言い得て妙ですね。
デジタルを盲信しすぎるのも、それはもはやオカルトだと。
デジタルを標榜するあまりに自由な感性をないがしろにするのはもったいないですよね。
そもそも「デジタル」ってなんぞや?っていうことにもなりますけど。

スーパーデジタルのプロがいるんだから、
スーパーオカルトっていうプロが一人ぐらいいてもいいと個人的には思います。
Posted by はぐりん@ at 2016年09月27日 16:19
いや、単なる誹謗中傷に走るような相手は論外ですよ。
もう、その時点で相手を論破したと言って良いです。
Posted by spacemj at 2016年09月28日 01:55
>>spacemjさん
なるほど、そうですか。
コメントは感情が高ぶった勢いで書くことが多いから、そういった問題が生じやすいんでしょうね。
Posted by はぐりん@ at 2016年09月28日 11:39
お久しぶりです!
忙しくてなかなか麻雀に手が付けらない状態で、表現できてないですが・・・とりあえず適当なコメでもしておきますw

デジタルだけなんてまず無理無理よと。
今に至っても、いいとこ手牌だけを見たイーシャンテン形の打牌の優劣が分かるかどうか(分かるとは言っていない)くらいで、あとはもっともらしい事を言ってるような、突っ込みどころ満載のオカルトを流行らせるのが関の山じゃないのかと。

そもそも色々なオカルトの集合体が統計であって、そっちからだけのアプローチは、さらなるオカルトを生み出すだけだよと。

ただ真にAIが出来て、そのAIを研究してみれば、またデジタルの意味も増してくると思います。

こんなことを言ったら実も蓋もないんですが、結局は流行り(対立)を無理やり作って、それを利用して利益を得てるっていう構図しか見えないんですよね。
もちろん麻雀だけの話ではないですけれども。
Posted by ちゃんた at 2016年10月01日 12:03
>>ちゃんたさん
おお、お久しぶりです。
コメがないので心配してましたが、元気そうでよかったです♪

平面図からの何切るのような、一人麻雀の理論を正しいと信じて疑わないことが、非効率な打牌を是としない狭い見識に捉われるというオカルトを生んでしまうという感じでしょうか。

統計がオカルトの集合体であっても、その母集団においては十分に有用な戦術となると私は考えています。

ただ、母集団がどこに属するのか。
天鳳鳳凰卓のデータを特上卓に持ち込んでもそれは真に有効なデータとはならないわけで、この辺に統計の誤謬があると思います。

流行の戦術に対して同じ攻め方をしないっていうのは一つの攻略法ですよね。鳴きが流行っていたらメンゼンで、メンゼンが流行っていたら鳴きで、ていう相手の戦術に呼応していくのが勝ち方という気は確かにします。
Posted by はぐりん@ at 2016年10月01日 13:56
なぜ2の16乗のような計算になったのですか?
Posted by at 2017年12月01日 17:48
>>名無しさん
それはなんとなくドラクエっぽくしたかったからですw
たまに滑ってることもあると思いますが、スルーでお願いします。
Posted by はぐりん@ at 2017年12月01日 18:43
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