日常生活において、選択しなければならない時に逃避したり先送りしたりすることは大抵の場合いい結果を生まない。
しかし、選択をしなかったがゆえに間口が広がり、結果的に上手くいくという事例も稀にある。
例えば、株式投資においてA銘柄とB銘柄のどちらかを買いたくて迷っていたとする。
A銘柄をもし自分が買ったらなんだかとっても下がりそうな気がする。
それだけならいいが、選ばなかったB銘柄が上がったりしたら目もあてられない。
迷った末にその人はそれらが含まれている指数のETF(TOPIX)を買うことにした。
これならばリターンはともかく、どちらかの銘柄の上下に感情を揺さぶられることもなく平穏でいられる。
これなどは「選択しない選択」のいい例ではないだろうか。
将棋の世界では、「手を渡す」という言葉がある。
いかにも攻め筋がたくさんあって攻めの一手を指したくなる局面で、じっと自陣に手を入れる。
相手はこちら側が何かやってくるだろうとその攻め筋を読んでいたところなので、いざ何もやってこないとなると手が広すぎて逆に指し手に困ってしまう。
将棋の世界ではこういうことがしばしばあるという。
厳密には「選択しない」こととは違うが、これを戦略的に用いることができれば精神的に優位に立てるはずである。
このように、「選択しない」ことで柔軟性の猶予を保ち、いい意味で選択の先送りをするという戦略がある。
これは麻雀においても例外ではない。
具体的には、形を決めずに様々なツモに対応できる構えを取ることだ。
元中日監督の落合博満のバッティングフォームは「構えのない構え」と呼ばれていた。
すべての球に対応するためには、球種を「読まない」ということであり、来た瞬間に反応するということである。
「選択しない」ことが柔軟な対応を可能にすることの好例ではないだろうか。
シャンテン数に捉われずに、伸びそうな手は思いきって伸ばしてみる。
手牌の間口を広げることが好結果を呼び込むことも麻雀には少なくない。
どんな牌姿がそれに当てはまるのだろうか?
実戦例からご覧いただきたいと思う。
case1

南2局、24000点持ち3着目の西家。
ラス目の下家とはやや差があるため、気持ち余裕がある。
ドラドラの好手から絶好のカンチャンが埋まったところ。
自風の西がトイツでターツ選択を迫られている。
さて、ここから何を切る?

西を1枚外した。
いずれかのターツ落としが悪いわけではないが、さすがにこの形だと裏目が痛すぎる。
タンヤオ、ピンフ、三色という手役がつくことに加え、雀頭が極めてできやすい間口の広さがある。
仕掛けまで踏まえるとこちらの方が期待値が高いのではないだろうか。

ひとつ仕掛けたところ。
ここから何を切る?

4s切りとした。
通常は8s切りで、やや特殊な切り筋。
これだと受け入れが狭く、ドラが飛び出るリスクもあるが、8sがいかにも山にいそうなのでポンに対応できる構えとした。
8sポンなら三色の含みが残って面白い。

ベストなツモで自力テンパイ。
より危険な4sを先に処理できているというのもひとつの主張だ。

対面から高目が出て7700。
ここでのトップ目直撃はあまりに大きく、そのままトップでフィニッシュした。
柔軟な西落としが見事にはまった形となった。
case2

南1局、21700点持ち3着目の親番。
ラス目対面とは400点差という大接戦で、全体的にも僅差。
マンズにくっついてターツオーバーとなってしまった。
さて、何を切る?

北切りとした。
最近の教科書にはこういう牌姿からはどこかのターツを落とすべき、と書いているだろう。
効率的にはそれが正しい可能性が高い。
しかし、ソーズもピンズも良さそうだし、せっかくくっついたマンズを無碍にするのも…ねえ?
8pを切るぐらいなら北を切る方が柔軟性があっていいんじゃないかと思う。

こんな風にどこかが重なるだけでも、随分と有効牌は増える。
北を残している場合はこの4pツモで3トイツとなり、それほど進んでいない。
シャンテン数が高い(テンパイまで遠い)時の受け入れ枚数はそれほど重要ではないが、強いターツがひしめいている時は結論を先延ばしにして「間口を広げる」ことが有効となることがある。

4pが暗刻になり、意外な方向に手が伸びてきた。
危険な47pを固められるこの7pは嬉しいツモ。
これで概ね形は決まった。

8mを引き入れて即リーチ。
序盤のターツ落とし候補筆頭は通常マンズではないだろうか?
ツモの流れに逆らわない、ということも私の中では重要なファクターだ。

追っかけを食らって冷や冷やするも、無事にロン。
裏は乗らずに2000。
この2sはとても拾えそうだ。

北落とし以外だとおそらくこの手はアガれない。
そればかりか、対面のハネ満ツモによる親っかぶりが待っていることがわかるだろう(裏裏)。
手牌・状況によって多少のアレンジを加えること、これが本局のポイントになっている。
このアガリからリズムを掴み、トップを捲ることができた。
case3

東3局、21500点持ち3着目の北家。
好手牌からよだれが出そうな赤5mのツモ。
これにより手牌がギュッと締まったが、さて何を切る?

北のトイツ落としとした。
タンヤオがあってこの形、さらにこの巡目ならま〜これはマジョリティかもしれない。
8sが暗刻というのも雀頭不在の心配が少なくていい。

仮にこれがテンパイ逃しとなったとしても全然悔しくない。
むしろ、2分の1でこの幸せな形を逃してしまった時の後悔の方が大きいのではないだろうか。

二者に仕掛けが入って、8sがカンツになった。
むむっ、これはテンパイチャンスに差が出てくるが…さて、どうしよう?

カンした。
マンズの形がいいので、ツモを増やして少しでもテンパイスピードを上げたいとの意。
これだと単騎テンパイのリスクもあるが…

リンシャンから素晴らしいツモをいただいて、これはベストな最終形。
これはもらったでしょう!

しかし、これがまさかの流局で一人テンパイ。
これ、アガれんか…

選択の場面。
シャンテン数重視なら、裏目の少ない5s切りが手筋、次巡6pツモでテンパイとなる。
4巡目即リーなら仕掛けが入らずおそらく2000・3900のツモアガリ(裏1)となっている可能性が高い。が、それは結果に過ぎない。
この形なら巡目が多少遅れても、タンヤオの有無による打点差はそこそこ大きいと見る。
焦らずに打点を見る北切りで問題ないだろう。
見てきたように、ターツ選択で迷ったら「選択しない」という選択が正着となることも少なくない。
とかくスピードが求められる時代ではあるが、要所要所で懐深くどっしりと構えること、このタイミングを見極められれば勝ちきるための大きな武器となることだろう。